2009年3月23日 (月)

みんな神の子!

前回の「完食で感謝?2」で、かんみ様から以下のご指導をいただきました。(^^;

>ひとつ気になることがあるのですが、

>>(生長の家を知らなくても)事故や病気にならない人はそういう(事故や病気という)経験を積まなくても最初からそれだけの徳がある、感謝というものを知っている人たちなんだ、素晴らしい人たち(神の子)なんだ。。。

>というところは。。。疑問に思います。
>病気の人とか事故にあったりする人は、感謝の気持ちが少ない人みたいに聞こえるのですが・・・
>そうとばかりは言えませんよね?
>徳の高い人も病気になることだってありますからね。人それぞれ、いろんなかたちで、魂が磨かれていくものだと思います。
>病気の人も事故にあった事のある人もそうでない人も皆神の子ですし。
「たしかに仰るとおり!」と私も思います!!
 私が伝えたかったことはまさにそこなんですが、つい手抜きをしてしまって…
実は私がいつもこの話をさせていただいたり、他の素晴らしい体験談などを紹介するとなかには「そういう体験(経験、環境)があったりするから悟れるんだ(気付きを得られるんだ)」と間(かん)違いをされる方がいます。そこで私はいつもそういう間(かん)違いがないように「そんな経験をしなくても皆さん(あなた)も神の子なんですよ」ということを伝えたくて、この話をしたあとはこの言葉も添えるというパターンになっちゃっていました。

 しかしお陰さまで今回この件でとても勉強になりました。
 自分で「blogを書くということ」でもっと言葉の力を大事にしなくちゃ、と書いたばかりだったのに…。
 この話をする時はもっともっと補足して話さなくてはいけませんね。(^^;

 かんみ様♪今回のご指導真にありがとうございます。(^人^)
 私がこのblogのタイトルに込めた想い通り、このblogを通して磨かれていくようでめちゃ×2嬉しかったです。(*^o^*)
 ただ再アップが遅れて申し訳ありませんでした。ココログを利用されている方はご存知かと思いますが、最近いろいろと変更時期になっているようで未だにPCからログインできません。携帯からだとわずらわしいぃ…(>_<)

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2009年3月17日 (火)

完食で感謝?(2)

 前回の「完食で感謝?」の続報です!
 あの記事を発見したときから「なんとなく聞き覚えのある学校だなぁ」なんて思いながらblogを書いていました。

 すると翌日から始まった練成会のお手伝いに青年会のヤングさんが加入。当然、話題は前日の卒業式。ちょうど卒業生がいるヤングさんだったので思わず単刀直入に聞いてみた。
わし「山内中学校だった?」
ヤング「そう!」
わし「何組?」
ヤング「えへっ新聞見た?(笑)」
なんと!あのメンバーの中にちゃっかり入っていたとか。
(*^o^*)

 このヤングさん、実は県内ではかなりメジャーな方、というのも平成12年の全国青年練成会で体験発表をして即、普及誌の清超先生の御文章で紹介され聖典『無限を生きるために』にも掲載されたS・Mさん。この方のご主人は、私が生高連時代の先輩で「この方なくして今の私は生長の家にいなかった」と胸を張って言い切れる?ほど非常にお世話になった方。
 そのうえ、このヤングさんと私はほぼ同じ年頃に交通事故に遭っていて、同じく瀕死の重傷を負い(私の場合はそうでもないが)奇跡的ともいえる回復力で立ち直ってきたのでなんとなく話が合う。

 話はまったく変わるが、この頃このblogの訪問者が急激に増えた。何故だろう?と思って熊本まで遊びに行ってみると、シコク嫁さんがちゃっかり紹介してくれていた。
ありがとうございます!(^人^)

 そのシコク嫁さんが応援されているかんみさんのblogを読ませていただいて、すごく感動した。こんなにも強い人がいるんだと…。
 早速祈らせていただこうと思っているが、(もしかすると違うかもしれないけど)なんとなくD君が伝えたいことが分かる気がしたので(非常にお節介だが)代弁したくなった。

 というのも、冒頭に書いたヤングさんと私が事故に遭って、お互いが同じ想いなのが「事故に遭って良かった」ということ。D君とはまったく違うケースかも知れませんが、私たち二人の共通項は、事故に遭わなければ(不遇な立場にならなければ)きっと両親に感謝とか、周りの人への感謝とかというものは今ほど分からなかったはず。それと同時に事故に遭わない人や病気にならない人がどれだけ素晴らしい人達なのか分かったということ。私達は事故(病気)を通して感謝というものを教えていただいたが、(生長の家を知らなくても)事故や病気にならない人はそういう(事故や病気という)経験を積まなくても最初からそれだけの徳がある、感謝というものを知っている人たちなんだ、素晴らしい人たち(神の子)なんだ、ということでした。

 だからD君もお母さんに心配させたくないという想いもきっとあるとは思いますが、それよりも「今の境遇で良かった、この環境に生れてくることが出来て本当によかった、お母さん、生んでくれてありがとう…」きっとそう伝えたいんじゃないのかな…
 かなり出しゃばった内容なんで、かんみさんの了解が得られなければ後半部分は削除しますので…m(_ _)m

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2009年3月10日 (火)

誌友会で思わず…

 先週の土曜日、相愛会誌友会に出講したときのこと。

 その前の会議が押してしまって会議終了後、大慌てで支度をしていると会場主から電話が…
「今日は新人が来ているので宜しくお願いします!」
 ぎょぇ~(@o@)ちょっと想定外!!
 というのも、おそらく馴染みの顔ばかりだと思っていて、今月のテーマが「徳積み」ということもあり、陰徳の話から環境問題に結び付けようと考えていました。
 しかし、新人がいたんではちょっと飛躍し過ぎるし、新人向けの話から環境保全の話につなげるまでには時間がない、これじゃ私の予定がぁ、なんて思いつつもとにかく会場へ一目散…。

 5分遅れで到着し、とりあえず新人向けに「徳積み」の話をしながら、どうにか日時計主義の話までこぎつけて日時計日記の紹介まで出来ました。すると参加者からは日時計日記についての質問や、「徳積み」に関する決意なども伺えたので、結果的には満足のいく内容で終えることができました。

 一通り、講話の内容についての座談会にも一区切りがついたころ、新人さんの口から出た感想に思わずビックリ!
 というのも実はこの新人さん、奥さんが生長の家を若い頃から信仰されていて、ご自身も少しは生長の家を勉強した感じではあったが、この日は奥さんが数十年ぶりに生長の家の集まり(誌友会)に参加するということで、体調不良ではあったがどうにか一緒に来れました、ということでした。このご主人曰く…
「生長の家が政治活動と関係をきったことは非常に評価できる。というのも、近年世界を騒がせているイスラム教圏内で起こっている戦争などはすべて政治と宗教が絡み付いた結果だから、生長の家(宗教)が政治の世界と離れて正解だと思う」と、大略このようなことを仰っていた。

 すると私自身が一番驚きましたが、この方の感想(意見)に対して即座に出た言葉が概ね次のような言葉だったと思う。

 たしかに9・11以降世界各地で起こっている紛争の火種の一つにイスラム教原理主義の人たちがいるようですが、それはイスラム教すべての人々ではないはずです。というよりも原理主義の人たちが少数であって、大多数のイスラム教の人は温厚であり、教えそのものも非常に寛容な教えです。たしかにイスラム教は教えの中で聖俗一致を主眼にしているので、政治と宗教が一緒になるのは当り前のことなんでしょう。だからといって、それが暴力的な行動(政策)につながるとは必ずしも限らないので、それよりもイスラム教のよいところ、生長の家と似たようなところを見つけて、手を取り合って世界平和を実現していきましょう。云々…

 こんなに綺麗な表現ではなかったかと思いますが、言いたかったことはこう意味で、言い終えたあと内心思わず「大丈夫かなぁ」なんて思いましたが、この方もある程度理解してくれたようだったので安心しました。(^^;

 ご存知のように生長の家では数年前からイスラム教についての勉強が始まっていて、昨年11月には『衝撃から理解へ』という本も出版されました。先日の「法燈継承祭」参列の際、道中にあらためて読んでいたのが良かったのか、上記の感想(意見)にはすぐに返答できたのがとても嬉しかった。しかし私自身が上記の本を読み直して思っていたことは、「イスラム教の人たちと仲良くなるための勉強、もしくは専門家や宗教者に説明するため」という感想でした。
 だが今回の件で気づかされたのは、(本を読む以前の自分自身もそうだったが)マスコミのお陰で間違ったイメージが広がっているので一般の人たち向けにイスラム教の誤解を解くためにもこれは必要な勉強だし関連する質問も増えそうだ、ということでした。

 これかもしっかりと総裁先生のご指導をいただきながら世界平和実現に邁進して参りたいと心を新たにしました。(^o^)v

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2009年3月 1日 (日)

☆感謝♪

生長の家新総裁襲任 立教80年 春季記念祝賀式に参加する機会に恵まれて長崎にある生長の家総本山まで行ってきました。
実は長崎は学生時代にお世話になっていた関係で、生長の家以外にも友人・知人がいます。それで昨晩は教区の皆さんとは別行動で長崎市内の知人を訪ねて宿も近くでとりました。

そこで今朝は路線バスを利用して生長の家総本山まで…。
日曜日なのに朝から大勢乗っているなぁと思いながら乗車すると、今日は公立高校の卒業式だったらしく複数の家族連れが途中まで一緒でしたので、車内は結構満員状態。いつもなら空いていても立っているのですが、今日は荷物多く座りたいなぁと思っていると、珍しく目の前に一つだけ席が空いていました。(^o^)
ラッキー!と思って感謝して座らせていただきました。するとあんなに騒がしかった車内が突然静かに…(*o*)
なんでだろうと思って見渡すと、ちょうど信号待ちで運転手さんがバスのエンジンを切ったところでした。あっ!アイドリンク・ストップをしてくれているんだと気づくとなんだか二重にも三重にもラッキーな気分に♪

その後も何度かアイドリンク・ストップしてくれる運転手さんだったので「降りるときには御礼の一言が言いたい」と決意していざ生長の家総本山前のバス停へ。
すると財布の中には小銭もなく千円札もない…「やばい、運転手さんに両替してもらわなくちゃ」と思って慌てて前方に駆け寄ると、ちょうど目的地に。大慌てで精算を済ませ御礼を言って降りたものの、考えてみると両替の御礼だけでアイドリンク・ストップの御礼がぁぁぁ。
結局、運転手さんには直接言えなかったのでこの場を借りて?
「アイドリンク・ストップありがとうございま~す!!」
(*^o^*)

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2009年2月 9日 (月)

日時計主義の修行?〓

山本五十六元帥の有名な語録に次の言葉がある。

やって見せて
 言って聞かせて
やらせて見て
 ほめてやらねば
人は動かず

この言葉はあまりにも有名で、聞いたことがある方も大勢いると思いますが、昨日、この言葉を検索していると他にも素晴らしい語録がたくさんあり、とても感動したのでいくつか紹介したいと思います。

話し合い、
耳を傾け、
承認し、
任せてやらねば、
人は育たず

やっている、
姿を感謝で見守って、
信頼せねば、
人は実らず

 生命の教育にも相通ずるところを感じて喜んでいると「男の修行」と題した以下の格言に出会いました。

苦しいこともあるだろう
言い度いこともあるだろう
不満なこともあるだろう
腹の立つこともあるだろう
泣き度いこともあるだろう
これらをじっとこらえてゆくのが
男の修行である

今でも自衛隊の教育方針に掲げられているとか。
さぞや素晴らしい日本男児が育つことでしょう、と嬉しく思いました。が、これは生長の家が掲げている「日時計主義の生活」にも“愛”通づるところがあるのでは?と思い、以下のように変換してみました。(^^;

苦しいこともあるだろう
言い度いこともあるだろう
不満なこともあるだろう
腹の立つこともあるだろう
泣き度いこともあるだろう
これらの光明面を
じっと観つめてゆくのが
日時計主義の実践である

ははは…f(^^)
御賛同いただけた方は講話ネタの一つにでも加えていただけたら幸いに思います。
m(_ _)m

〜あなたの愛で“自然”をまもろう〜

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2009年2月 5日 (木)

blogを書くということ

「あけおめ!…」とでも書き出したいところでしたが、月が変わってしまうほど時間が経ってしまってはね…(^^;

昨日、このblogの愛読者が人生のパートナーを連れて沖縄まで遊びに?来てくれた。(^^)楽しい時間を過ごしつつ、愛念溢れる励ましをいただいたので「何か書きたいな」と思って聖典を読んでいると「blogを書くということは、こういう意味も含まれているのだろう」と考えさせられる文章に目がとまりました。
それは、谷口雅春先生著『青年の書』の「言葉の力を修練せよ」という小見出しにこう書かれていました。

 諸君がもっとも等閑にして、いっこう養成しようとしないでいるところの能力で、非常に重要であるところのものが一つある。それは諸君の「言葉の力」の教養である。もし諸君が自分自身の欲するところを、自分自身の希望を、自分自身の表現せんと欲する内容を、完全明瞭に、力強くそれを言葉で伝えることができないならば、諸君は人生に於けるもっとも強力なる武器を失うものだと言わなければならないのである。
(*o*)

 実は最近、業務上、書類チェックを行う機会が多く誤字脱字を探していたわけではないが、気になる文章や文言が多く、言わんとしていることは解るのだが、書類上どうしても不備なため指摘せずにはいられない。また「これは書類だけの問題ではなく布教(伝道)するうえでも大切なこと」だと感じていたので、この文章にはすごく共感すると同時に、もっと修練せねば…と気づかせていただきました。

 また続いて次のような文章がありました。

 だから吾々は、往来で偶然拾ってきたような貧しい言葉や、ぞんざいな言葉を使ってはならないのである。吾々は常にすぐれたる文章家の書いた立派な創作をよみ、論文をよみ、そこよりもっとも美しく巧みなる内容を探してきてそれを自由に駆使するようにしなければならないのである。

 「blogを書く」ということにはいろいろな使命や意味があるとは思っていましたが、美しい言葉を使う練習でもあり自分自身の人生における強力な武器を養成することにつながっていたとは…。
 私はもう卒業してしまいましたが、やはり「生長の家青年会」はスバラシイですね♪

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2008年11月28日 (金)

萬民豊楽の祈り

前回の「車上嵐」を読まれたソフィーさん(http://sophyno.exblog.jp/)から「“嵐を呼ぶ男”ならぬ“嵐も味方にする男”ですね」なんていうお褒めの言葉?を頂きました。(*^o^*)
ご存知の方はご存知かもしれませんが、このblog等で何度もご紹介した前の上司は、自他共に認める“嵐を呼ぶ男”と呼ばれ、その頃、周りの方から「あの先生の一番弟子だね」なんて呼ばれたりしていたことを思い出すと、“嵐も味方にする男”と名付けていただけるとは、ちょっとは生長したのかな、なんて思ったりしますね(^^;

しかし、よくよく考えてみると、私の好きな祈りの言葉に大聖師直伝の「萬民豊楽の祈り」という沖縄教区にしか存在しない祈りがあります。何故、沖縄教区にだけかと申しますと、昭和35年頃、当時の沖縄教区の幹部が「被害が多い台風に対してどのような祈りをしたらよいですか?」と大聖師にお伺いをしたところ、以下のような祈りを沖縄教区の信徒皆さんで祈るようにお返事があったそうです。

龍宮の大神にまします生長の家の大神、
大神の尊き深き御愛念をもて、
台風並びに降雨を司どり給う、
龍神に詔(みことのり)したまいて
琉球地方に適応(ふさわ)しき五風十雨の所を得さしめ給い
諸人(もろびと)たちの水飢饉を救い給い
台風による被害なからしめ給いて
五穀豊穣、萬民豊楽の大神の御栄えを
この國に恵ませ給え、顕わし給えと
畏こみ畏こみて祈り奉る

以来、沖縄での被害は減っていったそうで、確かに私の幼い記憶の中でも、昔は小学生が水難事故で亡くなるニュースが毎年のようにあったように思いますが、最近ではそういうニュースはあまり耳にしませんし、逆に夏の風物詩のようだった断水も、この20年位は行われていません。
そういったことを考えると、台風(嵐)を避けるのではなく味方にする、自然と調和する祈りで大好きでしたので、ソフィーさんからのお褒めの言葉もこのような祈りが実現(体現)できているかのように感じられ嬉しく思いました。ありがとうございま~す!\(^o^)/
=あなたの愛で“自然”をまもろう=

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2008年11月23日 (日)

車上嵐!

生長の家総本山で行われた秋季大祭に3泊4日の日程で参列してきました。(^o^)その間、自家用車は教化部の駐車場に停めさせていただきました。今日長崎から戻ってきて車に荷物を載せようとすると、何やら助手席の上に色んな小物が散らかっていました。

(?_?)
よく見るとダッシュボードにあるボックスが開けられ中のものがすべて出されていて、すぐに「あっ、車上荒らしだ!」と気づきました。
と言うのも秋季大祭に出かける数日前、巡回パトカーから「昨日、○○で車上荒らしがありましたので、車をお持ちの皆様はご注意して下さい」と防犯を呼びかけるアナウンスをしていました。しかし、それを聞いた時の私は「下手に鍵をかけて窓ガラスでも割られたら大変。それよりは車の中に大事なものを置いておかなければいいんじゃないの」と思っていましたし、研修10を始めるようになってから、車内に余計なものは入れない(載せない)ようにしていたので、普段から教化部に車を停める時は鍵をかけることはありませんでした。

そんな私の車ですから見事!?車上荒らしの標的になったようですが、「車上荒らし(嵐)だ!」と気づいたとき、どこかで「やったぁ!」と喜びを感じる自分がいました。というのも、イソップ童話の「北風と太陽」ではありませんが、何事も寛容に受け入れればそんなに大事には至らないだろう、と考えていたので、上記に書いた様に窓ガラスが無事だったことが何より嬉しく思いました♪

また奇しくも谷口雅春大聖師御生誕日記念・生長の家総裁法燈継承記念式典にて、磯部理事長の式辞の中で(沖縄の石垣島や宮古島に上陸したが)今年日本(本州)には台風が上陸しなかったことから、谷口清超先生の御文章を引用されて台風の必要性を説きながら、自然現象の奥にある御心を観るように、というお話をされていました。私もこの話を聞きながら数年前、大聖師の年祭で清超先生が嵐の素晴らしさとして「迷いを吹き飛ばしてくれる」というお話をされていたなぁと思い出していました。

そんなこともあったので「これで何かが良くなる」という根拠のない自信だけを胸に後片付けを始めようとすると、ダッシュボードボックスの奥のほうに100円玉が一枚!(*o*)なんとボックスの中味がすべて出されたお陰で、それまでボックスの中で眠っていた100円玉を発見することが出来ました!!まさに無駄なものを吹き払って必要なものだけを残して下さる車上嵐でした。(*^o^*)

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2008年11月 4日 (火)

セミナー over a year

 ちょっと接続トラブルが生じて、自宅のPCからの投稿ができなくなり一か月近くなりますが、今日はあの素晴らしいセミナーから1年が経ちましたので、それを機にこれまでを振り返ってみたいと思います。

 1年と聞くと、何も意識しなければ平平凡凡と過ぎてしまうかもしれないが、あのセミナーのお陰でとても充実した1年が過ごせました。

 まず最初に取り組んだ「研修8 自動車通勤を辞める」では、この1年間、欠かすことなく実行できました!パチパチパチ〜
お陰様で体重は10kg以上は落ちてかなり身軽になりましたし、CO2(ガソリン代)も大幅に削減できました。
 でもこの研修で一番学んだと胸を張って言える事は“神の子の自覚を深めることができた”ということでしょう。

 というのも、生長の家の信徒に限らず、誰もが知っている有森裕子さんの名言「自分で自分をほめたいと思います」。正直、あの言葉の本当の意味というか、深さを当時は感じることができなかった。
 しかしこの研修8に取り組んでいくうちに、さすが毎日往復16㎞の道のりはきつい、だけど世界平和実現に向けて、神の子である自分にできないことはない!実相・円満・完全!!…こう思いながら取り組んでいる現象の自分を客観的に見る別の私がいて、その私が「よくがんばっているね、素晴らしいよ」と讃嘆してくれていました(*^o^*)
 この時、はじめて「あ〜自分で自分をほめるとはこういうことなんだぁ」と感じました。それからだと思います、更なる「研修10 地球に優しい運転」を目指そうと思ったのは。

 字数の関係上、この続きは自宅のPC接続が復旧してからにしたいと思います。(^^)/~

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2008年9月21日 (日)

エコキャップ②

やったぁ!目標達成!!

前回紹介したエコキャップ☆
 一昨日から始まっていた練成会ですが、その練成会参加者が県内各地から“小さな手土産”を各自持参して参加されていました(*^o^*)

 仕事の合間?を見ながらせっせと集計した結果、目標8,000個を軽々とクリアし、10,000個の大台を突破していました♪
これで子供12名分のワクチンに相当するエコキャップになりましたので明日にでも郵送します☆

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~あなたの愛で“自然”をまもろう~

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