完食で感謝?(2)
前回の「完食で感謝?」の続報です!
あの記事を発見したときから「なんとなく聞き覚えのある学校だなぁ」なんて思いながらblogを書いていました。
すると翌日から始まった練成会のお手伝いに青年会のヤングさんが加入。当然、話題は前日の卒業式。ちょうど卒業生がいるヤングさんだったので思わず単刀直入に聞いてみた。
わし「山内中学校だった?」
ヤング「そう!」
わし「何組?」
ヤング「えへっ新聞見た?(笑)」
なんと!あのメンバーの中にちゃっかり入っていたとか。
(*^o^*)
このヤングさん、実は県内ではかなりメジャーな方、というのも平成12年の全国青年練成会で体験発表をして即、普及誌の清超先生の御文章で紹介され聖典『無限を生きるために』にも掲載されたS・Mさん。この方のご主人は、私が生高連時代の先輩で「この方なくして今の私は生長の家にいなかった」と胸を張って言い切れる?ほど非常にお世話になった方。
そのうえ、このヤングさんと私はほぼ同じ年頃に交通事故に遭っていて、同じく瀕死の重傷を負い(私の場合はそうでもないが)奇跡的ともいえる回復力で立ち直ってきたのでなんとなく話が合う。
話はまったく変わるが、この頃このblogの訪問者が急激に増えた。何故だろう?と思って熊本まで遊びに行ってみると、シコク嫁さんがちゃっかり紹介してくれていた。
ありがとうございます!(^人^)
そのシコク嫁さんが応援されているかんみさんのblogを読ませていただいて、すごく感動した。こんなにも強い人がいるんだと…。
早速祈らせていただこうと思っているが、(もしかすると違うかもしれないけど)なんとなくD君が伝えたいことが分かる気がしたので(非常にお節介だが)代弁したくなった。
というのも、冒頭に書いたヤングさんと私が事故に遭って、お互いが同じ想いなのが「事故に遭って良かった」ということ。D君とはまったく違うケースかも知れませんが、私たち二人の共通項は、事故に遭わなければ(不遇な立場にならなければ)きっと両親に感謝とか、周りの人への感謝とかというものは今ほど分からなかったはず。それと同時に事故に遭わない人や病気にならない人がどれだけ素晴らしい人達なのか分かったということ。私達は事故(病気)を通して感謝というものを教えていただいたが、(生長の家を知らなくても)事故や病気にならない人はそういう(事故や病気という)経験を積まなくても最初からそれだけの徳がある、感謝というものを知っている人たちなんだ、素晴らしい人たち(神の子)なんだ、ということでした。
だからD君もお母さんに心配させたくないという想いもきっとあるとは思いますが、それよりも「今の境遇で良かった、この環境に生れてくることが出来て本当によかった、お母さん、生んでくれてありがとう…」きっとそう伝えたいんじゃないのかな…
かなり出しゃばった内容なんで、かんみさんの了解が得られなければ後半部分は削除しますので…m(_ _)m
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