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2009年3月10日 (火)

誌友会で思わず…

 先週の土曜日、相愛会誌友会に出講したときのこと。

 その前の会議が押してしまって会議終了後、大慌てで支度をしていると会場主から電話が…
「今日は新人が来ているので宜しくお願いします!」
 ぎょぇ~(@o@)ちょっと想定外!!
 というのも、おそらく馴染みの顔ばかりだと思っていて、今月のテーマが「徳積み」ということもあり、陰徳の話から環境問題に結び付けようと考えていました。
 しかし、新人がいたんではちょっと飛躍し過ぎるし、新人向けの話から環境保全の話につなげるまでには時間がない、これじゃ私の予定がぁ、なんて思いつつもとにかく会場へ一目散…。

 5分遅れで到着し、とりあえず新人向けに「徳積み」の話をしながら、どうにか日時計主義の話までこぎつけて日時計日記の紹介まで出来ました。すると参加者からは日時計日記についての質問や、「徳積み」に関する決意なども伺えたので、結果的には満足のいく内容で終えることができました。

 一通り、講話の内容についての座談会にも一区切りがついたころ、新人さんの口から出た感想に思わずビックリ!
 というのも実はこの新人さん、奥さんが生長の家を若い頃から信仰されていて、ご自身も少しは生長の家を勉強した感じではあったが、この日は奥さんが数十年ぶりに生長の家の集まり(誌友会)に参加するということで、体調不良ではあったがどうにか一緒に来れました、ということでした。このご主人曰く…
「生長の家が政治活動と関係をきったことは非常に評価できる。というのも、近年世界を騒がせているイスラム教圏内で起こっている戦争などはすべて政治と宗教が絡み付いた結果だから、生長の家(宗教)が政治の世界と離れて正解だと思う」と、大略このようなことを仰っていた。

 すると私自身が一番驚きましたが、この方の感想(意見)に対して即座に出た言葉が概ね次のような言葉だったと思う。

 たしかに9・11以降世界各地で起こっている紛争の火種の一つにイスラム教原理主義の人たちがいるようですが、それはイスラム教すべての人々ではないはずです。というよりも原理主義の人たちが少数であって、大多数のイスラム教の人は温厚であり、教えそのものも非常に寛容な教えです。たしかにイスラム教は教えの中で聖俗一致を主眼にしているので、政治と宗教が一緒になるのは当り前のことなんでしょう。だからといって、それが暴力的な行動(政策)につながるとは必ずしも限らないので、それよりもイスラム教のよいところ、生長の家と似たようなところを見つけて、手を取り合って世界平和を実現していきましょう。云々…

 こんなに綺麗な表現ではなかったかと思いますが、言いたかったことはこう意味で、言い終えたあと内心思わず「大丈夫かなぁ」なんて思いましたが、この方もある程度理解してくれたようだったので安心しました。(^^;

 ご存知のように生長の家では数年前からイスラム教についての勉強が始まっていて、昨年11月には『衝撃から理解へ』という本も出版されました。先日の「法燈継承祭」参列の際、道中にあらためて読んでいたのが良かったのか、上記の感想(意見)にはすぐに返答できたのがとても嬉しかった。しかし私自身が上記の本を読み直して思っていたことは、「イスラム教の人たちと仲良くなるための勉強、もしくは専門家や宗教者に説明するため」という感想でした。
 だが今回の件で気づかされたのは、(本を読む以前の自分自身もそうだったが)マスコミのお陰で間違ったイメージが広がっているので一般の人たち向けにイスラム教の誤解を解くためにもこれは必要な勉強だし関連する質問も増えそうだ、ということでした。

 これかもしっかりと総裁先生のご指導をいただきながら世界平和実現に邁進して参りたいと心を新たにしました。(^o^)v

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