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2009年2月

2009年2月17日 (火)

別れ寒さ(ワカリビーサ)

先月末から今月にかけて本島北部で日本一早い“桜祭り”が始まりました。cherryblossom沖縄では本州と違い、(比較的)寒い北部の方から桜が咲きはじめ、南部はこれからピークを迎えようとしています。近所では評判の職場の桜も七分咲きと言ったところでしょうか。
週末にはきっと満開となり、これから本格的に暖かくなってくるだろう、と思いきや、今朝はぐっと冷え込んで久しぶりの“20℃”以下になりそうな気配…(^^;

沖縄では、寒い冬とお別れをする前の冷え込みのことを「別れ寒さ(ワカリビーサ)」と言います。「暑さ寒さも彼岸まで」といわれておりますし、彼岸まではあと一か月以上あるので、もしかするともう一度「ワカリビーサ」が来るかもしれません。
しかし、このような自然とともに過ごすという生活感のある言葉「ワカリビーサ」。すごく嬉しく思えてきて大事に伝えていきたいなと思いました。(^o^)

〜あなたの愛で“自然”をまもろう〜

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2009年2月 9日 (月)

日時計主義の修行?〓

山本五十六元帥の有名な語録に次の言葉がある。

やって見せて
 言って聞かせて
やらせて見て
 ほめてやらねば
人は動かず

この言葉はあまりにも有名で、聞いたことがある方も大勢いると思いますが、昨日、この言葉を検索していると他にも素晴らしい語録がたくさんあり、とても感動したのでいくつか紹介したいと思います。

話し合い、
耳を傾け、
承認し、
任せてやらねば、
人は育たず

やっている、
姿を感謝で見守って、
信頼せねば、
人は実らず

 生命の教育にも相通ずるところを感じて喜んでいると「男の修行」と題した以下の格言に出会いました。

苦しいこともあるだろう
言い度いこともあるだろう
不満なこともあるだろう
腹の立つこともあるだろう
泣き度いこともあるだろう
これらをじっとこらえてゆくのが
男の修行である

今でも自衛隊の教育方針に掲げられているとか。
さぞや素晴らしい日本男児が育つことでしょう、と嬉しく思いました。が、これは生長の家が掲げている「日時計主義の生活」にも“愛”通づるところがあるのでは?と思い、以下のように変換してみました。(^^;

苦しいこともあるだろう
言い度いこともあるだろう
不満なこともあるだろう
腹の立つこともあるだろう
泣き度いこともあるだろう
これらの光明面を
じっと観つめてゆくのが
日時計主義の実践である

ははは…f(^^)
御賛同いただけた方は講話ネタの一つにでも加えていただけたら幸いに思います。
m(_ _)m

〜あなたの愛で“自然”をまもろう〜

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2009年2月 5日 (木)

blogを書くということ

「あけおめ!…」とでも書き出したいところでしたが、月が変わってしまうほど時間が経ってしまってはね…(^^;

昨日、このblogの愛読者が人生のパートナーを連れて沖縄まで遊びに?来てくれた。(^^)楽しい時間を過ごしつつ、愛念溢れる励ましをいただいたので「何か書きたいな」と思って聖典を読んでいると「blogを書くということは、こういう意味も含まれているのだろう」と考えさせられる文章に目がとまりました。
それは、谷口雅春先生著『青年の書』の「言葉の力を修練せよ」という小見出しにこう書かれていました。

 諸君がもっとも等閑にして、いっこう養成しようとしないでいるところの能力で、非常に重要であるところのものが一つある。それは諸君の「言葉の力」の教養である。もし諸君が自分自身の欲するところを、自分自身の希望を、自分自身の表現せんと欲する内容を、完全明瞭に、力強くそれを言葉で伝えることができないならば、諸君は人生に於けるもっとも強力なる武器を失うものだと言わなければならないのである。
(*o*)

 実は最近、業務上、書類チェックを行う機会が多く誤字脱字を探していたわけではないが、気になる文章や文言が多く、言わんとしていることは解るのだが、書類上どうしても不備なため指摘せずにはいられない。また「これは書類だけの問題ではなく布教(伝道)するうえでも大切なこと」だと感じていたので、この文章にはすごく共感すると同時に、もっと修練せねば…と気づかせていただきました。

 また続いて次のような文章がありました。

 だから吾々は、往来で偶然拾ってきたような貧しい言葉や、ぞんざいな言葉を使ってはならないのである。吾々は常にすぐれたる文章家の書いた立派な創作をよみ、論文をよみ、そこよりもっとも美しく巧みなる内容を探してきてそれを自由に駆使するようにしなければならないのである。

 「blogを書く」ということにはいろいろな使命や意味があるとは思っていましたが、美しい言葉を使う練習でもあり自分自身の人生における強力な武器を養成することにつながっていたとは…。
 私はもう卒業してしまいましたが、やはり「生長の家青年会」はスバラシイですね♪

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