« 双子が結婚? | トップページ | くちぞこ »

2008年1月16日 (水)

双子が結婚(2)

前回、私の言葉足らずでちょっと誤解を招いてしまったようなので改めて補足説明させていただきます。

前回の欄で問題になっていると書いた医療技術はAID(非配偶者間人工授精)のことで、この技術自体で双子が結婚するという事態を“直接”引き起こす訳ではありません。しかしながら、AIDだけではなく現在の医療技術の進歩のほとんどが(私はあえてこういう表現をしますが)他人の命(細胞)を犠牲?にして成り立っているので、いずれこういう事態が起こりかねないということです。

話はそれますが、今話題になっている京都大学の山中教授らが開発中の技術はそれとは違って、分かり易く表現するなら、自分の命(細胞)を使っているので、開発に時間はかかるかもしれないが倫理的には(まったくではないけれど…)問題がないので副総裁先生も賛同している、といった状況です。

話を元に戻しますが、そういう自分が助かるためなら他人の命を犠牲にしてもよい、という今の医療技術の考え方の延長線上に、新たな技術(AID等)で産まれてくる子供の出生に関しては秘密にした方が“子供の為には良い”というすごく身勝手な発想があり、現実に英国でこういう研究に関する情報開示についての法案が提出されました。しかしながら運良く?このような(双子が結婚という)事件が発覚したということなんです。

副総裁先生はそういう可能性があることを御著書『神を演じる人々』の「旅立ち」「旅立ち2」や「亡失」「亡失2」という短編小説の中で、私の個人的解釈になりますが、子供が親を捜し求めるのは“本能”であり権利でもある、ということが言いたかったのではないかと思います。
解釈の仕方によっては「どんな形で産まれてきた子供でも親を知る権利はある」ということになるかもしれませんが、そういうことではなく(代表的なもので言えばトウモロコシになりますが)遺伝子組み換え作物等も含めて、今の新技術には倫理的価値観が欠如して開発された(もしくは開発中の)ものが多く「便利だから」「安価だから」「みんなが使っているから」といった安易な価値基準で物事を進めて(決めて)しまってはどんな危険があるか誰にも分からないのだから、そういう価値基準を辞めて、もっとすべて生命を大事にするという判断基準に変えよう、そういう考えを大事にしよう、ということを考えさせてくれる、そういうメッセージ性のあるよい事例(双子が結婚)だと思います。

=あなたの愛で“自然”をまもろう=

|

« 双子が結婚? | トップページ | くちぞこ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/488089/9922149

この記事へのトラックバック一覧です: 双子が結婚(2):

« 双子が結婚? | トップページ | くちぞこ »